病原体と社会インフラ

研究背景

自然界の保有宿主がヒトのみであり、さらに糞口経路により伝播するウイルス感染症といえば、先進国社会においては既に解決済みであるはずのものでした。

ところが、そのような条件を満たすロタウイルスやノロウイルスなどの胃腸炎ウイルスによる感染症は、実際にはほとんど制御不可能であるのが現状です。このことは、胃腸炎ウイルスが個人の衛生レベルでの対処や地域社会における従来の上下水道整備によっては制御しがたい生存戦略を有していることに起因すると推測されますが、その具体像は現段階で全く明らかにされていません。

公衆衛生環境が著しく改善している先進諸国において、これほどまでに胃腸炎ウイルスが蔓延する理由を明らかにすることで、より効果的な対抗策を講じることが現在強く求められています。

少子化等によって生じる財政的制約の中で持続的発展が要求されるより成熟した先進国社会において、胃腸炎ウイルス感染症問題へ積極的に対処していくためには、水環境を含めた人間社会における胃腸炎ウイルスの動態を解明し、胃腸炎ウイルスに対する攻撃標的を発見し、これを上下水処理等社会資本のさらなる活用及び財政資源の効率的且つ集中的運用に生かすという、従来の衛生工学の枠を超えた新しい「水系感染症制御システム」を確立することが必要であると考えています。

本研究の目的

以上に示した視点の下、本研究では、人間社会における胃腸炎ウイルスの動態を解明することを目的とし,以下の研究を進めています。

1)集団遺伝学的視点から見た胃腸炎ウイルスの消毒剤耐性に関する研究
2)病原体除去・不活化効率をリアルタイムモニタリングするためのソフトセンサー技術の開発
3)下水処理等における胃腸炎ウイルス除去目標値の算出
4)腸内細菌由来糖鎖を活用した胃腸炎ウイルスの水環境中動態解明に関する研究

これまでの代表的な研究成果

集団遺伝学的視点から見た胃腸炎ウイルスの消毒剤耐性に関する研究

本研究室では、遊離塩素による消毒処理がノロウイルスに対する淘汰圧として作用することを世界で初めて証明しました。ノロウイルスは遺伝的に多様であるため、ほぼ毎年異なる遺伝系統のノロウイルスが流行しています。ノロウイルスはトイレからの汚水に多く含まれていることから、下水処理場、浄化槽及び集落排水処理施設などで処理水を十分に消毒することで、水を介したノロウイルスの感染を防ぐのみならず、遺伝的な多様性を低下させて新型の出現確率を下げることが可能と言えます。また、本研究の成果は、適切な汚水処理施設が普及していない途上国が、新型ノロウイルスの出現現場となっていることを示唆するものです。持続可能な発展目標(Sustainable Development Goals)にも設定されている「汚水処理施設の全世界的な普及」に積極的に取り組むことは、新型ノロウイルスの出現を防ぎ、日本国内への輸入感染発生の可能性を減じる効果があると言えます。

ノロウイルスに関しては、アルカリ処理も淘汰圧として働くことを確認しました。それに対し、ノロウイルスと同様に代表的な胃腸炎ウイルスであるロタウイルスに関しては、弱い塩素消毒は淘汰圧としては働かず、塩素に強い集団がランダムに発生することを見出しました。

以上の成果に関する論文は以下の通りです。

  1. The intrapopulation genetic diversity of RNA virus may influence the sensitivity of chlorine disinfection
    Syun-suke Kadoya, Syun-ichi Urayama, Takuro Nunoura, Miho Hirai, Yoshihiro Takaki, Masaaki Kitajima, Toyoko Nakagomi, Osamu Nakagomi, Satoshi Okabe, Osamu Nishimura, Daisuke Sano
    Frontiers in Microbiology, accepted.
  2. Experimental adaptation of murine norovirus to calcium hydroxide
  3. Wakana Oishi, Mikiko Sato, Kengo Kubota, Ryoka Ishiyama, Reiko Takai-Todaka, Kei Haga, Kazuhiko Katayama and Daisuke Sano
    Frontiers in Microbiology, March 2022, 13, 848439.
  4. Free chlorine disinfection as a selection pressure on norovirus
    Andri Taruna Rachmadi, Masaaki Kitajima, Kozo Watanabe, Sakiko Yaegashi, Joeselle SerranaArata Nakamura, Toyoko Nakagomi, Osamu Nakagomi, Kazuhiko Katayama, Satoshi Okabe, Daisuke Sano
    Applied and Environmental Microbiology, July 2018, 84(13), e00244-18.

病原体除去・不活化効率をリアルタイムモニタリングするためのソフトセンサー技術の開発

下水再生処理(下水処理水を飲料水原水や灌漑用水として利用すること)プロセスにおいて、病原体除去効率をリアルタイムモニタリングすることを求められていますが、水中病原体濃度は非常に低いことから、センサー技術の適用に限界があります。また、環境水中の病原体自体をモニタリングすることにも限界があるため、自然界中の病原体不活化効率を把握することも困難な状況です。本研究では、リアルタイムに測定可能な水質項目を用いて水中病原体除去・不活化効率を予測する「ソフトセンサー技術」の開発に取り組んでいます。

本研究の成果に関する論文は以下の通りです。

  1. Predictive water virology using regularized regression analyses for projecting virus inactivation efficiency in ozone disinfection
    Syun-suke Kadoya, Osamu Nishimura, Hiroyuki Kato, Daisuke Sano
    Water Research X, May 2021, 11, 100093.
  2. Hierarchical Bayesian modeling for predictive environmental microbiology toward a safe use of human excreta: Systematic review and meta-analysis
    Wakana Oishi, Syun-suke Kadoya, Osamu Nishimura, Joan B. Rose, Daisuke Sano
    Journal of Environmental Management, April 2021, 284, 112088.
  3. Predictive environmental microbiology for safe use of sanitation products in agriculture: Challenges and perspectives
    Wakana Oishi, Björn Vinnerås, Joan B. Rose, Daisuke Sano
    Environmental Science & Technology Letters, 2021, 8(11), 924–931.
  4. スパース推定法と階層ベイズ推定法による環境水中ウイルス自然死滅モデルの構築
    大石若菜、加藤郁生、西村修、佐野大輔
    土木学会論文集, 2020, 76(7), III_449-III_460.
  5. Regularized regression analysis for the prediction of virus inactivation efficiency by chloramine disinfection
    Syun-suke Kadoya, Osamu Nishimura, Hiroyuki Kato, Daisuke Sano
    Environmental Science: Water Research & Technology, 2020, 6, 3341-3350.
  6. Inactivation kinetics modeling of Escherichia coli in concentrated urine for implementing predictive environmental microbiology in sanitation safety planning
    Wakana Oishi, Ikuo Kato, Nowaki Hijikata, Ken Ushijima, Ryusei Ito, Naoyuki Funamizu, Osamu Nishimura, Daisuke Sano
    Journal of Environmental Management, August 2020, 268, 110672.

下水再生処理におけるウイルス除去効率目標値の算出方法の考案

下水処理水を農業利用や飲用利用する取組みが世界的に拡がっていますが、下水中に含まれる病原体をどの程度除去すれば安全と言えるのかは明確ではありませんでした。

そこで、病原体の中でも下水処理水中への混入が懸念されるウイルスに関し、世界のどこでも下水中のウイルス濃度のデータを取得さえすれば、様々な下水再生水の用途ごとにウイルス除去効率の目標値を算出することを可能とする方法を考案しました。

下水再生処理におけるウイルス除去効率目標値の算出に関する論文の要旨は以下のページから確認できます。
Ito et al., Target virus log10 reduction values determined for two reclaimed wastewater irrigation scenarios in Japan based on tolerable annual disease burden
Water Research, 125, 438-448, 2017.

胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌の発見に関する論文の要旨は以下のページから確認できます。
Miura et al., Histo-blood group antigen-like substances of human enteric bacteria as specific adsorbents for human noroviruses
Journal of Virology, 87(17), 9441-9451, 2013.

この胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌は、ウイルスを捕捉することで水処理における消毒処理や自然環境における太陽光などの不活化ストレスからウイルスを守り、ウイルスの生残性を高めると考えられています。一方で、水処理に用いられる膜ろ過においては、膜孔径より大きな胃腸炎ウイルス吸着性細菌に捕捉されることで、ウイルス除去効率が向上することが示されています。

胃腸炎ウイルス吸着性細菌が膜ろ過によるノロウイルス除去に与える影響に関する論文の要旨は以下のページから確認できます。
Amarasiri et al., Bacterial histo-blood group antigens contributing to genotype-dependent removal of human noroviruses with a microfiltration membrane
Water Research, 95, 383-391, 2016.

2014年には、胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌が共存することで、ノロウイルスの腸管免疫細胞への感染が促進されることが科学雑誌Science上で報告されました。それ以降、腸管内におけるノロウイルスと細菌の相互作用に関する研究が注目され、世界中でEnterobacter cloacaeが使用されています。

血液型決定抗原様物質陽性細菌が胃腸炎ウイルスの生態に与える影響

本研究室では、ノロウイルスやロタウイルスなど、水を介して感染が拡大する胃腸炎ウイルスを特異的に捕捉する血液型決定抗原様物質陽性細菌(Enterobacter cloacae SENG-6)が存在することを世界で初めて証明しました。

胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌の発見に関する論文の要旨は以下のページから確認できます。
Miura et al., Histo-blood group antigen-like substances of human enteric bacteria as specific adsorbents for human noroviruses
Journal of Virology, 87(17), 9441-9451, 2013.

この胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌は、ウイルスを捕捉することで水処理における消毒処理や自然環境における太陽光などの不活化ストレスからウイルスを守り、ウイルスの生残性を高めると考えられています。一方で、水処理に用いられる膜ろ過においては、膜孔径より大きな胃腸炎ウイルス吸着性細菌に捕捉されることで、ウイルス除去効率が向上することが示されています。

胃腸炎ウイルス吸着性細菌が膜ろ過によるノロウイルス除去に与える影響に関する論文の要旨は以下のページから確認できます。
Amarasiri et al., Bacterial histo-blood group antigens contributing to genotype-dependent removal of human noroviruses with a microfiltration membrane
Water Research, 95, 383-391, 2016.

2014年には、胃腸炎ウイルス吸着性腸内細菌が共存することで、ノロウイルスの腸管免疫細胞への感染が促進されることが科学雑誌Science上で報告されました。それ以降、腸管内におけるノロウイルスと細菌の相互作用に関する研究が注目され、世界中でEnterobacter cloacaeが使用されています。